Jealous, Don't you know

アイドルとアマゾンプライムに生かされている人

自己紹介

派遣OL兼2.5次元とアイドルのATMをやっています。
音楽と映画が好きですが詳しくもなければそんなに多く見聞きしているわけでもありません。

何者にもなれないどころか当たり前のことができない自分に嫌気がさし、毎日死にたいと思って生きていたら2017年10月、ADHDと診断されました。

だいたいツイッターにいます。@mementomo_ri
2.5次元の話は上記のアカウントやこのブログではあまりしません。

 

senobi寄稿
http://senobimag.tumblr.com

音楽文掲載
http://ongakubun.com/archives/1201


2017.8.11.

2017.8.31.更新

2017.12.31.更新

ADHDの治療をしていくうちにブログを書きたいという気持ちがなくなってきた、と以前書いたんだけれどもその気持ちは相変わらず変わらないままである。

ADHDの治療をすると部屋を片付けられるようになった、とよく聞くが(ADHDのよく見られる症状に部屋が片付けられない・部屋の片付け方がわからないというのがある)わたしの場合ブログを書くことが承認要求を満たすものであったと同時に頭を整理するために必要なツールだったのだと、思っている。
しかし投薬治療を行い頭の整理をしなくても済むようになり、結果的に諦めのようなものが身につき承認要求も減ったように思う。
部屋は相変わらず散らかったままだが、以前よりはだいぶマシになり片付ける頻度は多くなった。今年は水回りだけだが大掃除もすることができたので、わたしの中では大きな進歩だった。

わたしには当たり前のこともできないし、文章を書くことでしか自分を見出せないと思っていたのだが当たり前のことができないことに対しても諦めがつき、もう自分を見出すとか見出さないとかで文章書くのもあほらしいなという気持ちになっている。

あとは新しい仕事をメインの仕事とは別にはじめたこともあり忙しすぎてそんな気持ちを抱く前に疲れて寝たいという感情に支配されていることの方が大半である。

そんな、2017年の終わりでした。
みなさまよいお年を。

2017年よく聞いた音楽とか

ブログを書きたい、読んでもらいたい、という欲求がめっきりなくなってしまったけれど一応年末なので今年のベストトラック10とから決められないけれど今年よく聞いてたものを自分用の記録がてら挙げておこうと思った。
女性アイドルにハマって約2年、本命の清竜人25が解散してしまってからは他現場にも顔を出すようになったりチェキを撮るようになったのも今年だった。
女性アイドルからの流れで今年は女性ボーカルもよく聞いていたな。

……アルバムごとで挙げようかと思ったけれど、好きになったら古いものも遡って聞くことも多いからアルバム単位ではなく人単位で。

BiS
Maison book girl
アイドルネッサンス
ヤなことそっとミュート
さユり
刀剣男士(ミュージカル刀剣乱舞
吉澤嘉代子
フレンズ
ONIGAWARA
never young beach

よく聞いていたのは、このへん。
相変わらずApple Music頼りなので、久々にJanne Da Arcとかも聞いてた。

そして、今年はアイドルばかり見ていてバンドのライブに行ったのがラルクストレイテナーだけだった。
あと、11月末にV6に急激にハマり円盤を買ってしまった始末。20周年コンサートの円盤が最高すぎるし、今年出たアルバムも提供陣がとても豪華で驚いた。男女問わずアイドルに始まりアイドルに終わった2017年。
とはいえライブ納めはHYDEの黑ミサ、しかもkenちゃんがゲストなので原点回帰して終わる感じはある。
久しぶりにカウントダウンライブへ行かない年末年始なので、実家でのんびりジャニーズカウントダウンでも見ながら年を越そうと思う。

ADHDの治療、そして変化

ADHDの治療をし始めて1ヶ月が経った。具体的にいえばストラテラと呼ばれる専用薬での治療のだが、はじめの1週間はひたすら眠くて仕方がなかった。
2週間目以降は薬が倍に増えたが当たり前のこと(主に仕事から帰ってきたあとの家事)ができることに喜びを感じた。しかしその反動か休みの日は寝てばかりいる。
しかし今までのように、投薬をしても布団から起き上がることができず仕事を休んでしまう日も相変わらずあった。ここまでくるとこればかりはどうやら、どうしようもないのかなと思っている。もしくは新たな副業を始めた疲れやヘルニアになりながらも普通の生活を送っていた反動と疲れなのかもしれない。
そして1ヶ月が経った今、承認欲求が消えたことに気づいた。

私が文章を書くきっかけの根本にあったものは誰かに認められたい気持ちが強かったからだと自己分析しているんだけれど、前よりも文章を書きたいという気持ちが薄れてしまった。前回のヘルニアになった、の記事も「あぁ最近書いてないから書かなくては」と使命感に駆られたものだった。
今は書きたいことが、特にない。自分のことだけでなく、音楽や映画や、自分の好きな物事に関しても。

そんなことを言いつつ書いているんだけれど、ADHDの治療を始めるとブログに書いた手前これは大きな変化だなと思ったので書いておこうかなと思った。
ブログを書くときは大体真っ暗な部屋の中で音楽も聞かず書くことが多いのだが今は最近今更ながらハマったV6の動画を横目に見ながら書いているので今までとはやはりブログや文章へ向ける気持ちが変わってきている。

とはいえ文章を書くことは嫌いではないので、また書きたいと思ったら気まぐれに書いていこうと思う。

ヘルニア(なりかけ)になった

先月の半ば腰痛で仕事にならず少し動くだけで激痛が走り、仕事を早退し整形外科を受診したらヘルニアになりかけていると言われた。
骨が神経を圧迫しているらしい。

約1ヶ月経ちだいぶよくなったが低気圧のときや長時間同じ体勢をしているとやはり痛むし、今でも立ったまま靴下を履くのはつらい。
今は週一のリハビリと、病院で教えてもらった体操で治療をしている。

ヘルニアになる少し前、娯楽に使うお金を節制しなくちゃいけないなとツイッターで呟いた。
ヘルニアになったおかげでここ1ヶ月行きたかったライブやイベントは見送り、痛みがひどかったときは飲み会も控えたので節制することができた。嬉しくないけど。
節制したつもりでもここ1ヶ月で化粧品を大量に買ったりアマゾンのタブレットを買ったりして結局出費するものが変わっただけだけれど、ライブに行くよりは使っていないはずだ。それに日々使えるものだし、と言い訳している。

そして身体的な痛みという刺激があると、精神面よりもまず腰痛が辛いという気持ちのほうが先にくるからなのな前のような死にたい死にたい死にたい死にたい……という希死念慮に囚われることがかなり減った。

実は先月末、大本命の会社からお祈りをされたのだが腰痛だったこともあり学生時代一社落ちると一ヶ月は立ち直れなかった奴とは同一人物とは思えないくらいケロっとしている。

ヘルニアになってメンタルが安定するとは思わなかった。もっと心身ともに健康になりたい。

腑に落ちる

今日、うつ病(多分、病名は何も言われていないけれどストレス由来と思われる不調)で通院している精神科に行ってきたんだけれど受付時間ギリギリに行ったせいか最後の患者だったようで、いつも混んでいる病院だから早々に追い返されるんだけど今日は意を決して前々から気になっていた自身の性格や日常生活における困難なことなどを打ち明けたらあっさりと「ADHDの可能性高いですね」と言われた。
投薬はテストの結果を見て決めるからと言われたけれど、渡されたテストを自宅に帰ってから行い結果をネットで先に見ると同じように「ADHDの可能性が高い」と出てきた。
前々からそうなのでは?と思っていたがうつ由来でも同じような状態になることがあるらしく安易に決めつけるのはよくないと思っていたが、専門家に言われたらやはりそうなのだろう。

ADHDかもしれないと思うようになったのは『片付けられない女たち』が話題になったときからだった。私も昔から片付けが苦手だった。苦手、というよりどうやっていいかわからないのだ。
実家で部屋が汚すぎて注意されたとき、「小学生のころお道具箱の整理ができないって通信簿に書かれてたけど本当に片付けが苦手なんだね」と親に言われたのが今でも引っかかっていた。
うつ由来でも同じような状態にはなるらしいが、ADHDの特徴は幼少期からそのような症状があるらしい。まんまじゃん。

とはいえ、そうかもなと思っていたもののいざ診断を受けるとこれからどうやって生きていけばいいのだろうと不安になる。
うつなら環境が改善されれば治るが発達障害は治らない。一生付き合ってはいかなくてはいけないが側から見たら「ちょっとだらしない奴」くらいの、要するに単なるダメ人間には見えるが一見すると「普通」に思われてしまうのである。
普通に見られたいが、普通にはなれないし期待に応えられないことは今までにもあったしこれからもあるだろう。
そもそも、わたしが通院するきっかけになったのは低すぎる自己肯定感……みんな当たり前にできることができないというのが根底にあるのだが思えばADHDの二次障害だったのでは、と思う。

親にはなんて説明しよう?そもそも離れて暮らしてるから言わないほうがいいのかな?など、不安なことはたくさんあるのだがフルタイムで働くとたいした仕事をしていなても日常生活を送るのが困難なほど疲れ切ってしまう理由がわかったのはよかった。(ADHDはストレス耐性が低いらしい)

どうしようなんて言っていても毎日毎日日常は続いていくし仕事も家事もしなければ生きていくことはできない。投薬によって劇的に症状が改善される人もいるらしいので、きちんと自分の障害と向き合って少しでも生きやすくなれればいいなと思った。

Base Ball Bear 日比谷ノンフィクションⅤに行ってきた

過去ブログからの転載

 

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ギター湯浅が抜けてから初めてのベボベのライブ。そして個人的にノンフィクションシリーズは全通していて初めてベボベを見たのも野音でとても私とベボベ野音は思い入れの深いものである。
実は未だに湯浅が抜けたことを実感できずにおり、その事実を受け入れられるかもわからぬ状態で野音へ赴いた。
いつもベボベの場内SEは懐メロやアニソンで構成されているのだが、今回は洋楽しばり(洋楽に疎く、知っているバンドではなかったのでわからなかった)で入ったときからいつもと違うなと思わされた。いつも流れていた湯浅の好きだったミッシェルガンエレファントも流れることはなかった。
初回のノンフィクションでは東京の一等地でマクロス星間飛行が流れて笑いが起こっていたり、前回は宇多田のオートマティックが流れていた時後ろの大学生が「これって宇多田っぽくない?」なんて言っていたのを思い出した。ライブが始まる前から、ベボベ野音の思い出が頭によぎった。
音楽が止まりいつもの入場SE、XTCが流れる。メンバーが登場したとき、いつもいる湯浅がいなかった。始まる前からそわそわはしていたが、そこで改めて事実を突きつけられて自然と涙が出た。
サポートのロックスターはツアーも一緒に回っていただけあってとても再現度も完成度も高かった。それが余計に涙を誘った。ロックスターはかっこよかったけれど、音だけ聞いていれば湯浅がいなくてもベボベなのだと思った。
何曲目かのあとに、小出が改めて湯浅脱退の件を伝える。ホームページに載せた文章の通りだ、と。とてもシンプルな言葉だった。
サポートがロックスターか、元ナンバガ田渕ひさ子、そしてポリシックスのハヤシ、テレフォンズの石毛と順番に入れ替わる。
田渕ひさ子はとても淡々と、サポートをこなしていたように思う。正直あまり覚えていない。
ハヤシはポリシックスの衣装で登場し、場を盛り上げた。続く石毛も場を盛り上げてくれた。まだ湯浅の脱退が公式から伝えられる前サポートしたのは石毛だった。
途中、ひさ子のあたりから涙は引いていたのだが石毛のときに演奏されたchangesと十字架〜でまた涙が溢れる。
changesのとき、珍しく小出が拳を突き上げた。小出はあまり感情を出す人ではないと思っているのだがこれからのベボベの意思表示のように感じた。そして、十字架。ギター湯浅のダンスコーナーでおなじみの楽曲だった。
湯浅を再現するかのように踊る石毛を見て、自分でも感情のわからない涙が出た。湯浅の真似をしないで欲しかったのかもしれない。
でもハヤシや石毛で特に思ったのだが、とにかくみんな前を向いているのだと。私はよくわからず泣いてしまったけれどサポート陣含め場を盛り上げてくれるのはとても伝わった。
うーん、文章がまとまらない。
そして最後、小出が改めて今回のことを説明する。今回豪華なサポート陣を呼んだのは、片腕が無くなってしまったBase Ball Bearの、良い義手を探していたのだと。
小出は先輩を前にしてあまり良い例えではないと言っていたが、「義手」という例えに私はとても安心した。
ライブ直後で文章がまとまらないが、とにかく今の感情を書いておきたかった。
とにかく、開催してくれてありがとう。義手になってくれてありがとう。私の大好きなベボベの曲を聞かせてくれてありがとう。
私は小出の感性を信じているし、小出に色んな影響を受けてきた。
湯浅が抜けてしまったベボベはやはり悲しかった。でもこれからも私は小出が曲を作り続ける限り着いていくと思う。
また上手くまとめられたら、書き直す。でも今日は感情的な文章を敢えて残しておきたかった。